高級品を一度所有してみることの価値

お金全般
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こんな人に読んで欲しい
  • 高級品を身に着けることは経済的自由から遠ざかることは理解しているが欲しい気持ちが消えず悶々としている方
  • 仮に高級品を購入して使用した場合にどんな結果をもたらすのかを経験者から聞きたい方

ここで言う高級品とは、実用品でありながら必要以上に機能や品質が高く、価格やその維持費も他の平均的な製品より高いものとします。読む方によっては、そんなん高級品でもなんでもないわ、とおっしゃりたい方も出てくるかもしれませんが、本筋はそこではないということをご理解ください。

プロフィールでも書いているとおり、今は時計は持っておらず、クルマはプリウスPHV(ZVW52型)ですが、以前は時計をオメガ(Speed Master)やグランドセイコー(SBGH001)を、クルマはBMW 3シリーズ(F30型)を所有していました。物欲はあまりないほうですが、一度は身に着けてみたい、乗ってみたいと思ってローン組まずに買える範囲で、思い切って買ったわけです。

買って、持ってみた感想

SBGH001は、自動巻きの機械式、裏蓋がスケルトンで石とメカニックが見える豪勢な造りで大いに所有欲と虚栄心をくすぐる製品でした。数年は身に着け、何年かに一度はやったほうがいいというオーバーホールと表面研磨も一度はしていましたが、金属アレルギーを発症してあっさり置き物に成り下がり、のち買取店で売却しました。

一方、BMWも、見た目よく、ガソリンスタンドで知らないおじさんから、「これ格好いいな」と声かけられたりすることもあり、時計と同様に見栄を張った甲斐があったものです。去年走行距離が10万kmに差し掛かる前、値段がまだ付く間にこちらも売り払いました。

時計も、クルマも、値段相応の価値というか、値打ちはあったと思います。高いだけあったということですね。その効能として、高いものがどういう良さを備えているのか、物販ビジネスで今後身を立てていこうと考えているなら、顧客の立場で実際の商品の細部を五感で味わうことは価値ある体験だと思います。

もちろん持って、使っている時は気に入っていたことは確かですが、同時に一方で「まぁ、こんなものか」という感じがあったことも確かです。お金を倍かけたら、倍の嬉しさがあるのかというと、それほどではないということです。これを経済学で効用逓減の法則といいます。この法則を身をもって知れたことは貴重な経験でした。

具体的に言い換えると、例えばこの先もっと稼いで値段はBMWのさらに何倍もするフェラーリ、ランボルギーニに乗れるようになったとしても、一旦輸入車を体験済みとするなら、国産車からBMWに乗り換えた時と同じくらいの快感しか得られないだろうという実感を得た、ということです。

この拙い経験から伝えたいこと

ここまで読んでいただいた方に伝えたいのは、2点あります。

1点目は、だからこんなもの大したことないので、買う必要ないですよ、ということではなく、逆に欲しいなら一回買ってみてはどうでしょうか、ということです。男性なら時計、クルマ。女性なら服、バッグといったところでしょうか。

ただ気を付けていただきたいのは、一回良いものをもってしまうと、持つモノのレベルが下げられない、という風にはならないこと。虚栄心の沼にハマって出られないようにならないことが大事です。

何が人を虚栄心の沼にハマらせるか、ハマらせないかを分けているかは、よくわかりません。持っていた時は、確かに筆者も自分の虚栄心がくすぐられることを強く自覚しましたが、もともと見栄を張るたちではなかったので、くすぐられないモノに切り替えることも抵抗のかけらもなかったです。

もともとブランド物が好きで、見栄を張りたいタイプの方は、その見栄と戦うことも同時に取り組む必要はあるかと思います。なぜなら、見栄を張ってブランド物を買いあさり続ける限り、経済的自由を手に入れることは難しいからです。

あと、欲しいからといって、身の丈以上に巨額の借金をして買うのも反対です。買える範囲のものにしましょう。

2点目は、欲しいものも、年を取って経済的自由を手に入れた後では、欲しくもないし、持つ意味もなかったりします。スリムな体型に似合う服で着飾ったり、乗りたいクルマを乗り回すということは若いうちこそやりたいことだったりするからです。

それらを手に入れることで2、3年経済的自由に到達できる年齢が上がったとしても、若いうちの数年のほうが価値があるほうが支持をもらえる考え方ではないでしょうか。

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